江戸から伝わる日本最古の現役芝居小屋。


#1 琴平へ

小豆島で出会った上海出身の素敵な夫妻との観光を終え、琴平へ。この内容だけで旅を記せるボリュームはあるが、今回はまほろば。翌朝のこんぴら参りに備え、身を清めなければならない。まずは、地ビールで身を清め、日本酒で身を清める。旅先で飲むお酒は、ただただ旨い。



身を清めるのというのは、酒を呑むための口実なのではないか?と疑っている方がいらっしゃるかもしれないので、疑いを晴らすため、お酒以外でもきちんと身を清めたことを証明しようではないか!!・・・。・・・あとで!!こじつけようとしているわけではない!!あ、あとできちんと説明しよう。今はそういうタイミングじゃない。風水的に。


#2 こんぴらさんへ

琴平の初日、こんぴらさんを目指す。
 

 

こんぴらさんをお参りした後、立ち寄ろうとした芝居小屋。100名ほどの、合わせると8,000歳のシニア集団が入り口を塞ぎ、脱ぎやすい靴で来ればよかっただの、脱ぐなら外で待っていようかだのと、靴を脱ぐための様々な言葉を飛び交わしている。閉館まで時間も少ないし、ゆっくり観られないことが確定したため、翌朝の再訪時に賭けることにした。その日、寝付けるかどうか心配だった。明日、心ゆくまで見学できるかどうか気がかりだったからではない。展開も用意していないのに、100人の年齢を不用意に足してしまった自分の無鉄砲さに、殆嫌気がさしていたのだ。このようなイライラを抱えて眠りにつけるのだろうか。
・・・心配も虚しく、朝を迎えた。金毘羅さん参りで生じた足の疲れとありったけの酒により、いつもより寧ろ早く寝ることができた。琴平花壇を出発し、大芝居を目指す。


#3 旧金毘羅大芝居へ


早く来すぎたか?と見紛うほどの貸切状態!!じっくり見ることができる!!朝を選択してよかった。観覧料を払うと、スタッフの方が気さくに話しかけてくださる。
 
「絶好のタイミングで来られましたね!お時間ありますか?」
「はい!」
「それじゃあ、解説付きでじっくり案内しましょう!」
 
仁藤さんは、この場所を愛しているのだろう。表情からそれが伺える。間違いない!石見銀山の安立さんの瞳と一緒だ!アタリだ!アタリのガイドさんだ!!旧金毘羅大芝居は、天保6年(1835年)に建てられた現存する日本最古の歌舞伎の芝居小屋らしい。年月を超えてなお、現役で使われているとは素晴らしい!



「正面入り口の上をご覧ください。櫓がありますね?この櫓には、開催中、幕が張られます。なぜでしょうか??」
「開演中だからですか?」
「そうです!字が読めない方にも一目で開催中だと分かるように掲げられます。」
入り口が3か所ある。
「当時は、向かって右側が身分の高い方、左側がお金持ち、真ん中が庶民と入り口が分けられていたんですね。あなた方は庶民だから、真ん中から入りましょうね!笑」
「笑!はい!」
「庶民の入り口だけ小さいですよね?これは、一人ずつしか入られない構造にして、お金を払わずに入るのを防止するためなんですよ。どうぞ、入ってください。」
「お金持ちの入り口には受付がありません。どうしてでしょう?」
「え、何ででしょう。もう年間で払ってるとかですか?」
「お!事前に払うという意味ではいいですね!お弁当やお付きの人の代金も含めて観覧料を歌舞伎を観る前に寄った茶屋で前払いしているため、スルーできる仕組みだったんですね。」
履物を預ける場所がある。
「昔は鼻緒のついた履物だったため、引っかけて保管していました。今のクロークのようなものですね。ここはお金持ちは使いません。庶民しか使わなかったのはなぜでしょう?」
「お金持ちが履物を預けると庶民に履物を間違えて持っていかれたら困るからですか?」
「違います!それは庶民の考えですね!笑 お金持ちは取られてもすぐに買えるから気にしないんです。お金持ちには履物をもつ使用人が同行するため預けなくていいんです。」
模範的な庶民の回答を提供してしまった。



#4 揚幕が上がり、花道へ。


「中村勘三郎さんも生前、この場所をいたく気に入っていらっしゃいました。ここは役者が実際に花道を通る前に待機している鳥屋です。さぁ、役者になった気分を体感していただきましょう!どうぞ!!」
仁藤さんが揚幕を上げ、視界が一斉に開ける。花道が一直線に伸び、舞台へ続いている。突き抜けた天井に、両側に広がる桟敷席。頗る美しい。高揚する気持ちが抑えられない。



当時はこのひとつの枡に2列×2列の4人が座っていたらしい。大人4人が座るにはかなり狭い。現在は、横の柱を1本抜いて5人席にしているそうだ。
「この木の上を移動して席まで行きます。役者も通ります!こんなに近くで見られる場所はありません!」
近い!そこはかとなく近い!!これは相当な臨場感だろう。
 
「上をご覧ください。ぶどう棚と言って、天井が柵状になっているのはなぜでしょうか?」
「…あ!紙吹雪ですか?」
「その通りです!例えば、雪のシーンに合わせて演出で雪を降らせるためです。この紙吹雪も棚の上を移動して、私たちが手動で降らせます!」
「えーー!笑」
柱を伝って、紙吹雪を降らせる。役者に負けないほどに肉体を酷使する仕事だ。



枡席は、舞台を見て右側からいろは、前方から一、二、三と場所が指定されてある。
「ぬ」の「一」の場所には、空井戸という舞台装置があり、井戸に見立てて使われ、演目によって、幽霊や妖怪が顔を出す。「ぬ」の「一」に実際に座らせてもらったが、とにかく近い!今この距離で新幹線が通過したら、風で死「ぬ」。



「振り返って見てください。 花道の上には、かけすじと言って、役者さんが宙吊りで移動できるようになっています!これも当然、手動です!笑」もう、すごすぎて嘘かと思い始めた。


#5 舞台へ

「さぁ、それでは舞台に上がってください。」
花道を渡り、いよいよ舞台へと上がる。歌舞伎を見たこともないのに、役者の気になり、勝手に身が引き締まったりしている。
 
「なぜ芝居小屋と言わず芝居と言うでしょうか?」
私は閃いた!!
「これはとうとう分かりましたよ!雪も降らすし、井戸も持ち上がるし、この小屋自体も芝居をしているからですか?!」
「それは勘繰り過ぎです!笑」
見当違いだった。笑
仁藤さんは、分かりやすく、簡潔に答えを教えてくださった。
歌舞伎の始まりは出雲阿国の「かぶき踊り」から。昔は型を見せるのみで、近松門左衛門の時代から踊りにストーリーが加わった。踊りを踊るのは基本屋外だったが、大衆席の左右に屋根付きの観覧席が生まれ、雨に濡れずに見るために、お金持ちはそこを陣取って観覧した。歌舞伎の桟敷席はそれの名残。庶民の座る大衆席(中央のスペース)には屋根がなかった。雨が降れば濡れる。地面は土で草も生える。草が生える場所に座って観覧する、芝が生えた場所に居て観るので、「芝居」となった。「芝居」とは、もとは観覧する場所を指す言葉だった。
気持ちいい!めっちゃ勉強になる!!この蘊蓄を早速誰かに話したい!!



「下を見てください。円形の切れ目が分かりますか?これは廻り舞台と言って、場面が展開するときに使います。他の小屋は自動ですが、これも私たちが動かします!」
「えーー!笑」
「この四角い切りこみは、セリといって、舞台から奈落に落ちたり、奈落から飛び出す演出ができます。これも二人がかりで人力です!」
「えーー!笑」
もう、嘘だ!これは流石に嘘だ!!
「昔は全て手動だった。縁の下の力持ちという言葉は、歌舞伎が発祥です!」
まさにその通りだ。天井から雪を降らして、舞台を展開して、役者を宙吊りにして、仁藤さんたちが居なければ、物語が成立しない。嘘じゃなければ!そう!今までの話が嘘じゃなければ!!
 
「歌舞伎が発祥の言葉は多いです。」
…これは、嘘じゃなさそうだ!!
「黒子が長い棒の先端に蝶をつけ、飛んでいるように見せる演出を見たことがありますか?そのときに使う長い棒のことを差し金と言います。遠くから操るので、そこから意味が派生して、差し金となった。」
この蘊蓄もほしい!!もっとちょうだい!仁藤さんもっとちょうだい!!
 
 
「舞台袖の上にスペースがありますね?」
…あります!!ちょうだい!!仁藤さん!!
 
「ここも観覧席で、芝居の場所が満席で入らないときはここに人を座らせていました。羅漢のように仏が並んでいるように見えるので羅漢席と呼ばれていました。勘三郎さんはこの席を気に入って、平成中村座にもこの席が設けられました。ここは片側しかありませんが、平成中村座には左右両方にあります。今の歌舞伎は松竹梅でランク分けされているんですが、この羅漢席は「桜」と名付けられています。」
粋だ。



#6  舞台裏へ

楽屋の並ぶ二階に進む。木の切れ端を集めて屋根を作っている。材木を削ったときに出る切り屑をこけらと言って、初めて建物を使うときはそのこけらを払う、落とすため、建物が完成した後の初めての興行をこけら落としという。仁藤さんは、「こけらの漢字は次に会うときまでの宿題、ネットで調べてください!」と笑った。
仁藤さん、調べました。果物のかき「柿」は、鍋蓋に「巾」で、こけら「杮」は縦棒が貫いている別字です!!ひとつ漢字の知識が増えました。ありがとうございます。



「またここで問題です。こっち側の壁とあちらの壁の違いは?」

「あ、こっちの壁は上が空いてますね!」
「なぜでしょう?」
「…。」
「それじゃあ、見に行きましょう!」
壁の上部が閉じている側の部屋に移動すると、そこは女形の控室だった。女性のための部屋なので、仕切られていた。
「役作りのために女性になりきる方と、心から女性の方二通りいる。誰かは言えませんが。笑」
舞台裏が垣間見えるような楽屋話が心地よい。



通路を振り返り、舞台側を指差し、仁藤さんはここはなぜ壁がないかと尋ねる。分からない。「頭の中が歌舞伎の情報で溢れかえって、思考が停止してしまったんです!」と言わんばかりの表情を浮かべると、「当時は楽屋にモニターがなく、出番になったかどうかを耳で聴いて確認するため、このような構造になっているんですよ。」と耳元で囁いてくれたような気がした。


 


#6  奈落へ

歌舞伎の演者はもともと女性だった。身分も高くなかった。昔は自分をさらけ出して表現するということは卑しいと考えられていた。演者の中に気に入った女性がいると、お金持ちは買った。このようなことが蔓延し、女性の演者はいなくなり、現在の野郎歌舞伎の時代が始まった。そんな話を聞きながら、私の祖父の家を超える急な階段を下る。



奈落へ吸い込まれるように落ちる。先ほど案内していただいた廻り舞台の仕組みを見せてもらう。4本の大きな柱、これを4人で回す。セリは二人で木を肩に背負い、一気に突き上げるそうだ。めちゃくちゃ重労働だ。これが欠けてしまうとダイナミックな演出が台無しになってしまう。まさに縁の下の力持ちによって物語が煌びやかに演出されている。


「それじゃあ、芝居全体がきれいに見える場所に行きましょう!」
奈落の底を通り抜け、一番の写真スポットに向かう。



#7  見得を切る

鳥屋に戻り、階段で2階へ。案内されたのは、前舟の席。芝居の全体が見渡せる。見惚れる眺めだ。



西の桟敷席に移動し、顔見世提灯と舞台を撮影しているうちに、私の中で野望が生まれた。そして、思い切って伝えた。「仁藤さん、舞台で見得を切りたいです!」
構えを伝授していただき、見得を切る!



2017年の年の瀬、初めて歌舞伎というものに興味を抱いてしまった。もし、歌舞伎を観る機会が訪れるなら、ここで観ないことがあるだろうか、いやない!


旧金毘羅大芝居 ー まほろば vol.5 ー


旧金毘羅大芝居「金丸座」
香川県仲多度郡琴平町1241
重要文化財