私は、萬収集家「ワタナベ」。
名前は、まだない。
いや、ある。そこはかとなく苗字だ。
ここは、私の書斎。
今までに遭遇した全事件記録を収蔵してある。


事件簿その61|雨の日の留守番電話事件


中学2年。
私たちは町内のマラソンに出場することになり、
夜皆で集まり走りこむ練習をしていた。
走るのは少しで、あとは集まって話をするのが目的である。
夜に集まるというのが魅力的でしょうがない時期である。
その日はあいにくの雨が降っていた。
大雨である。
練習は中止になり、うめちゃんは友達のよっくん(指揮者事件参照。)に、
その旨を伝えるべく電話をかける。
出ない。
2度、3度。
仕方ないので留守電にメッセージを残すことにした。
「あ、梶梅です。今日練習中止になりましたー。」
10分後、傘を差してよっくんがうめちゃん宅に到着。
「おお、よっくん丁度よかった。
今日練習中止になったで!
さっき電話出んかったけん、
留守電に(メッセージを)入れたよ。」
「は?おれん家留守電無いで!」
・・・誰ん家に電話したんな!!


事件簿その62|お台場事件


大学が決まった2002年3月の終わり、
引越しも終わり、東京見物でもしようかと、
両親と私はお台場に向かうことにした。
ゆりかもめの車窓から、フジテレビの近代的な建物が見えると、
母と私は興奮して、父にこう伝えた。
「父さん!ほら、あれ!テレビで見たあの大きな球が見えるよ!」
「おお!・・・あれが、どうなるんな!?」
知らんのんかい!
知らんのんなら、何で一回
「おお!」ってちょっと興奮してみせたんな!
私と母は他人のふりをしたが、
私はそのとき、あの球体が展望台だとは知る由もなかったので、
「あれが、どうなるんじゃろう。」
と両親に隠れ、考えていた。


事件簿その63|酔っ払いの適切な提案事件


2008年4月、
新宿から夜10時くらいの小田急線に乗り、家路に着いた。
途中、代々木上原で、ひとりのおじさんが駆け込んできた。
大量の酒のかおりとともに。
私の対面の座席のひじかけに身を預けたおじさん。
怖がった女性は隣の車両へ向かう。
しばらくすると、ひじかけにもたれかかったままブツブツ言っている。
何かがずっと気になっている様子。
経堂に着き、降りていく直前に、
おじさんはそのひじかけのある7人掛けシートの中央に座った女性2人組の前に立ち、
片方の女性に向かってこう言った。
「あなたは、
髪を染めたほうがいい!!」
満足気な雰囲気で降りていくおじさん。
唖然とする女性2人。
一瞬、一体感が生まれる車内。
確かにおじさんの提案は的を射ている。
その女性は髪が伸び、中心が地毛になり、
いわゆるプリンになっていた。
隣の女性には何も言わなかったというこの冷静さ。
適切で見事な提案。
・・・。
泥酔したお前が言うことか!!
「あなたは、お酒を控えたほうがいい!!」
と私が切り返せたならば・・・。
私は後悔している。


事件簿その64|お肉事件


2008年2月、中○線に乗った。
これじゃバレるの。
○央線に乗った。
うん、こっちのほうがバレんわ。
あの、新宿とか中野とか、吉祥寺とかの。
・・・もう、隠さんでええか。
いつものようにウォークマンを聴いていると、
体格のいい、がっちりした、
・・・もう、包まんでええか。
ぽっちゃりした女性2人が電車に乗ってきた。
どんな話をしているのか興味が湧いた私はボリュームを下げ、耳を傾けた。
「最近、私、肉食べてないんだよね。」
おお!食関連!
ここで天才的な切り替えし。
「は!?じゃあ何食べてんの!?」
もうひとりの女性の大胆発言!
肉以外を食べ物としないその思考回路。
菜食主義者は認めないと言わんばかりの強い主張。
感心した私はイヤホンを外した。
その後も女性Aは
「他に食べるものあんの!?」
「からだ大丈夫!?」
とカルチャーショックを受けて自己を喪失したかのように戸惑い、
女性Bに直球勝負の質問、
いや攻撃を浴びせる。
そして、自分の習慣に女性Bを軌道修正してあげようと原因究明に尽力する。
一種のカウンセリングのように。
女性Bはどうやら最近、鶏肉の匂いを受け付けなくなり、
食べられないらしいということが分かった。
それと同時に女性Bは、
「肉=鶏肉」
という定義の持ち主ということも分かった。
それから、肉の話は続き、笑顔になった女性Bはこう言った。
「何か、肉食べたくなってきた!」
そして、ふたりは満面の笑みで電車を降りていった。
映画のようなワンシーンをありがとうございました。


事件簿その65|イクラ事件


2007年10月、乗車した新幹線の中でも事件は起きてしまう。
空腹でどうしようもなくなった私。
普段なら、高いので買うわけもないが、
広島までの4時間を耐え切る自信は兼ね備えていなかったので、
渋々、弁当で空腹を満たすことにした。
「すいません!弁当ください!!」
「はーい!すみませんが、これが売切れてしまったので、
この3種類になります。」
私は秋の素材満載の弁当に決めた。
「これください!」
「お客さん、これイクラが入ってますが、よろしいですか?」
「あ、はい!大丈夫です!」
「イクラ、大丈夫ですか?」
「・・・はい。大丈夫です。」
・・・何で、おれが中学になるまでイクラが苦手だったの知っとんじゃろう。
イクラ、食べられるようになったんですか?
みたいに聞こえてしまった。
思いやりを感じてしまった。
早く親に会いたくなってしまった。