私は、萬収集家「ワタナベ」。
名前は、まだない。
いや、ある。そこはかとなく苗字だ。
ここは、私の書斎。
今までに遭遇した全事件記録を収蔵してある。


事件簿その16|言葉の壁事件その1


これは、大学1年のとき、親友のりくやから聞いた話。
彼の大学の英語の授業には、
英語に馴染みやすいようにネイティブ(以下、トニー)の講師が同席していた。
彼は、同性愛をテーマにした劇の発表をしてトニーの心を奪いまくっていた。
そして親しくなった彼は、トニーと話す機会が多くなった。
トニーといえば、日本語を日常生活に支障をきたさない、
というよりはほとんどペラペラの状態だった。
ある日、昔流行った10回クイズをトニーに出してみた。
「トニー!ピザって10回言って!」
「ピザ?いいよ!ピザ、ピザ、ピザ、ピザ…ピッツァ、ピッツァ!」
「…じゃあ、ここは?」
彼は友人と一緒に肘(ひじ)に手をあてた。
膝(ひざ)と言わせるために。
「エルボゥー!」
トニーはこの巧妙なトリックをもろともせず、
潜在的な土着的な切り返しでカバーした。
現地に昔からあるしきたりのように、そう答えた。
さっきまで、日本語ペラペラだったのに。


事件簿その17|チョコレート事件


私の高校時代からの友人Yくんの親戚が、
就職活動で森永製菓を訪れたときの話。
筆記試験を通過し、
面接試験に挑む彼。
様々な質問を受け、
最後の質問が投げかけられたとき、
事件は起こった。
「では、最後にMORINAGAの製品で知っているCMソングを歌ってください。」
彼は、出だしで取り返しのつかないメロディを口ずさんでしまう。
「チョッコレート♪
チョッコレイト♪
チョコレートは…
もりなが。」
彼は、落選した。
おれだったら、その勇気に感動し、絶対採用する。
阪神タイガースの応援席で、ジャイアンツの応援をするような、
その勇気、
私にください。


事件簿その18|プリントTシャツ事件


大学1年のとき、
悩んでいた時期があり、うつむいて家に帰っているときに遭遇した事件である。
ふと顔を上げると、ずっと前を歩いていたであろう外国人のTシャツに、
「泡盛」
とだけ書いてあった。
??!
自然と悩みが薄れ、心が楽になった。
それから時は流れ、大学3年のとき、プリントTシャツを介して事件は起こった。
少しボランティアをしていた時期があり、
児童館で子どもと戯れる時間を頂いた。
そのときにとても活発で腕白な子がおり、
終始、元気よく私にちょっかいを出してきていたのだが、
その子のTシャツには、
淡い色で、
「My Feeling is blue」
と書かれてあった。
何があったんな??!
何で、今日それ着せられとんな!?
内には何かを隠しながら、元気な子を演じる健気な彼の背中を見て、
私は人生経験の面で負けているなと感じてしまった。
負けず嫌いな私は、ラストのジャンケン列車で彼に挑戦した。
健闘も虚しく、私は彼の背中の「My Feeling is blue」を見ながら、
終点へと向かった。


事件簿その19|何でも治すクスリ事件


これは、私の父の祖母、つまり私のひいおばあちゃんの話。
私は会ったことがないが、
とてもパワフルな方だったらしい。
ひいおばあちゃんがパワフルなのは、
「何でも治すクスリ」を持っていたからである。
それは、
サロンパス。
腰痛だろうが、捻挫だろうが、肩こりだろうが、
ところ構わずサロンパスを貼りまくっていたそうだ。
幼き日のいとこの兄は、
ある日、すり傷を負って家に帰ってきたのだが、
ひいおばあちゃんに呼ばれ、
擦りむいた膝にサロンパスを貼られたそうだ。
パワフル!
これで、愛するいとこの兄は、
「何でも治るクスリ」を服用していたことが判明した。
ひいおばあちゃんは、「何でも治るクスリ」により、
89歳まで生きたそうだ。
ワタナベ家長寿ランキング第一位。
いとこの兄も、長寿確定である。


事件簿その20|うっちーの地球儀事件


ある日、相方のうっちーと歩きながら話をしていて、
地球儀の話になった。
うっちーは「おれ地球儀嫌いなんよー。」
と言いながら地球儀のエピソードを語ってくれた。
小学校のころ、うっちーの学校では社会の時間に、
都道府県名と県庁所在地を合致させるテストがあり、
それをひたすら覚えさせられていた。
あまりにも出来がよかったので、
先生は悔し紛れに世界の国名と首都をひたすら覚えさせたそうだ。
横文字を記憶するのが苦手なうっちーにとって、
社会の時間は苦痛でしかなかった。
これが、後に事件の引き金になる。
それから時は流れ、その年のクリスマス。
朝起きたうっちーの部屋には大きな箱に入ったプレゼントと小さな箱に入ったプレゼントが用意されていた。
うっちーのお姉ちゃんは先にうっちーに選ばせてあげた。
うっちーは迷いに迷った。
そして、大きなプレゼントをもらった。
開けてみるとそこには何と、
「大きな地球儀」
が入っているではないか。
うっちーは泣いた。
もう地図は見たくないと。
声を殺して泣いた。
もう世界を見据えたくないと。
そして後悔した。
欲張って大きいほうにしなければよかったと。
まるで、したきりすずめのおじいちゃんの行動を沸き立たすかのように。
そして、小さな箱を開けるお姉ちゃんを羨ましそうに見ていたうっちーの目に飛び込んできたのは
「小さな地球儀」
だった。
うっちーは名言を残した。
「逃れられない。」と。
1年を締めくくる12月末、
昔話の教訓をいとも簡単に塗り替えてしまった。
サンタさん、おそるべし。